Welcome to "ふりかけ生活"




今、この瞬間を、誰かがどこかで生きている




ふりかけ生活とは
[PR]
# by inoyo | 2008-07-17 04:17 | against poverty

引越し中

http://www.inoyo.comにブログを移動しています。
パプアニューギニアに行くので、今までとごっちゃにしたくはなかったのですが、
また新しいブログを作るのは煩雑なので、
一括で管理することにしました。

パプアから帰ってきてから、
すこしずつ記事を移動していきます。

井上
[PR]
# by inoyo | 2007-11-26 03:28 | 日々雑感

2020年には男性人口が3000万人多く、男女の出生不均衡続く―中国

2007年11月12日、河南省鄭州市で、全国農村人口一人っ子政策実施会議が開催された。席上、国家人口一人っ子政策委員会の張維慶(チャン・ウェイチン)主任は農村部で人口出生性別比の不均衡が極めて高い水準を保っていることを明かした。

通常、新生児の性別比は女児100人に対し、男児103から107人と言われている。しかし、中国の全国平均は119.58人を大きくその値を超えている。農村に限定した場合は122.8人とその数値はさらに高まる。この傾向は1980年代より継続しており、20歳から45歳までの男性数は女性より1800万人も多い。この数は2020年には3000万人を超えると見られている。

性別比の不均衡は農村を中心に男児を好む伝統が強く残っていることに由来する。中国政府は、男児を重んじる旧来の風習を変える啓蒙活動、出産前性別診断の禁止など対策を打ち出している。(翻訳・編集/KT)

http://www.recordchina.co.jp/group/g12812.html
[PR]
# by inoyo | 2007-11-14 16:39 | Human Ecology

33歳男性が犬と結婚!「のろい」解くためインドで動物婚

のろい記事。
時間が出来次第書き加えます。



33歳男性が犬と結婚!「のろい」解くためインドで動物婚
2007年11月14日08時15分
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20071114-OHT1T00052.htm

 13日付の地元紙「ヒンドスタン・タイムス」によると、インド人のセルバクマールさん(33)が、このほど10歳の雌犬「セルビ」とインド南部のヒンズー教寺院で結婚式を挙げた。

 このセルバクマールさんは、18歳の時に交尾中の犬2匹を撲殺し、木につるしたという。しかしその後、セルバクマールさんの体に異変が続出。脳卒中で腕や足は動かなくなり、片耳も聞こえなくなった。「最近受けた治療でやっと松葉づえを使って移動ができるようになった」。

 「犬を殺したたたりなのだろうか…」。そう考えたセルバクマールさんは、すがるような思いで占い師に相談。「犬ののろいを解くには、雌犬と結婚すべし」と仰天のお告げをもらった。急きょ親せき一同に“お相手”となる犬を見つけてくるよう大号令。ふさわしい?野良犬を発見すると、風呂に入れ、伝統衣装サリーを身につけさせた。

 結婚式はヒンズー教の儀式にのっとって無事行われ、セルバクマールさんは「死が分かつまで面倒を見ます」と永遠の愛を誓った。雌犬は式の最中にパンを食べていたという。

 インドでは2000年7月に4歳の幼女が犬と結婚している。今回同様に数々の不幸があり、占い師から「犬との結婚」を勧められたという。インドでの“動物婚”はしばしば報告されており、最近ではヘビと結婚した幼女もいたとか。動物と結婚しても、人間と結婚することも自由で、動物との離婚手続きは特に必要ないらしい。
[PR]
# by inoyo | 2007-11-14 15:59 | 日々雑感

今日のひとこと(64)

張りつめていた気力が途切れ、
ぷっつんしたというか、そういう精神状態になった
---小沢一郎

Et tu, Brute!?
プッツンしちゃうヒトが党首で、政権は取れるのでしょうか?
それに、プッツンしちゃう首相はもうしばらく結構なんですが・・・。
[PR]
# by inoyo | 2007-11-08 23:11 | ことば

「セックスない結婚は呪い」

インターネットサーフィンをしていて気になるヘッドラインがあった。

妻HIV感染 夫が離婚要求「セックスない結婚は呪い」

妻のHIV感染が判明し夫が逃げていく、と言うケースを耳にするケースはよくあるが、夫が「きちんと」離婚を求め、さらに読み進めていくと、裁判所が離婚を認めたという。これは、今まで聴いたことがなかった。

----------------------------
 ニューデリーの婚姻裁判所は1日、妻がエイズウイルス(HIV)に感染しているとして、離婚を求めた夫の訴えを「セックスのない結婚は呪いだ」として認める判決を出した。2日付のインド各紙が伝えた。
 裁判所は理由を「HIVは性感染するため、夫は幸福な結婚生活を送れなかった。セックスは結婚に不可欠の一部だ」とも説明した。
 インドには、国別で世界で3番目に多い推定250万人のHIV感染者がいる。判決に感染者支援の活動家から「一般社会のHIV感染者への認識にマイナスの影響が出る」「妻にも家庭生活を送る権利がある」などと批判が出ている。
----------------------------
2007年11月02日22時13分
http://www.asahi.com/international/update/1104/TKY200711040111.html
----------------------------


気になったポイントは3点ある。
・「呪い」とはいったい何か
・「セックスは結婚に不可欠の一部だ」
・批判が出ていること


「呪い」とはいったい何か
「のろいだなんて、インドの人は遅れてるなぁ・・・」とかお馬鹿なことが言いたいわけでは当然なく、この呪いというものが彼らにとってどういった事象を指すものなのか、非常に興味がある。というのも、私の修士のテーマの候補のひとつとして、Papua New Guineaに暮らす人々の疾病観、特にエイズに関するそれを探り、PNGのエイズ対策に反映させる、というものがあり、彼らもまた「呪い」を持つ文化であるためだ。(11月後半より結局行くことになりました。VISAがおりた^^)
先進国と彼らと暮らしてきた文化が違うのであるから、世界観、疾病観は当然違ってくる。違うから対策は難しいのだが、その違いを理解することができるようになれば、逆にそこをターゲットにすることも可能になってくる。

「セックスは結婚に不可欠の一部だ」
というフレーズに、不思議な聞こえはそんなにはない。もちろん夫婦の性がどうあるべきか、ということは夫婦の間だけで決めればいいことであるが、夫婦生活の根幹をなすことのうちの一つであることは間違いがないし、セックスが結婚に不可欠の一部かどうかで意見が食い違って、離婚に至るというケースがあってもそんなに不思議ではない。それにもかかわらず、

批判が出ていること
を私たちはどう理解すればいいのだろうか。今回、批判しているのは、「感染者支援の活動家」と出ているのだが、この人はいったい誰なのだろうか。途上国の人だろうか。HIV-positiveの人だろうか。
確かに今回の判決により、「一般社会のHIV感染者への認識にマイナスの影響が出る」のは避けられそうにもない。ほかにも同様のケースで離婚が増えるだろう。「妻にも家庭生活を送る権利がある」という主張もまた当然のように受け入れられる。ドラマ仕立てのストーリーであれば、妻が泣きながら告白すると夫がやさしく妻を包んで君に寄り添っていくよ・・・となるといいのだろうが、しかし、だからといって、妻のHIV感染を理由に離婚する男の決意を頭ごなしに否定するのはいかがなものだろうか。
そこに暮らす人がいて、それから初めてHIVに対しての活動が可能になる。HIV活動にあわせて人々は生きているわけではない。「活動家たち」の批判は本末転倒にすら聞こえるし、もし、彼らが先進国の人だったり、特権階級の人々だったりしたら、これは同時に非常にパターナリズムに満ち溢れていることになる。HIVとともに暮らすコミュニティを管理の対象としてみているのではないかと疑えてしまうのである。

日本で2000年に総務省によって「エイズに関する世論調査」が実施されており、そのなかに、配偶者がHIVに感染した場合の対応に関する質問があった。結果は以下の通りである。http://www8.cao.go.jp/survey/h12/h12-aids/2-2.html
e0074651_2544150.jpg
ご覧の通り「従来と同様の生活をする」と答えた者の割合が54.9%と最も高いものの、離婚を選択するものも少数ながら存在する。日本でこのまま離婚が成立するかどうかは別の話だが、とはいっても、離婚を希望するものはまちがいなくいるわけで、そうなると、すぐに離婚は認められなかったとしても、おそらく夫婦関係の破綻が生じ→離婚事由となるだろう。それと同じことが途上国には認められない、批判の対象になるというのは少しおかしな話ではないだろうか。

先進国に認められることは途上国にも認められるべきである。先進国に暮らしていると、彼らのことを「上から目線」で何かと見てしまいがちだが、忘れることなかれ、途上国は先進国の管理対象ではないのだ。


--------------------------------
▼今回の議論では、完全にコンドームが抜け落ちていた。果たしてコンドームをつけてのセックスが「呪い」になるかならないかの議論はあったのだろうか。
--------------------------------
▼裁判での離婚/民法
第770条(離婚原因)
① 夫婦の一方は、次の場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
 1 配偶者に不貞な行為があったとき。
 2 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
 3 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき。
 4 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
 5 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
② 裁判所は、前項第1号から第4号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。
--------------------------------
▼インドのHIV/AIDSの状況
【Global Fund】
http://www.investinginourfuture.org/india/(英語)
http://www.jcie.or.jp/fgfj/03/03-2/india/(日本語)
--------------------------------
[PR]
# by inoyo | 2007-11-07 03:05 | International Health

International Day for...

今日11月6日は、「戦争と武力紛争による環境搾取防止のための国際デー」だそうだ。UN広報センターのウェブサイトに表示される「今月の予定」にそう表記されていた。まぁ、そうとはいっても、この国際デー、何のことだか良く分からない。World AIDS Day(12/1)はよく耳にするが、こちらはあんまり聞かない。

実はこのへんてこな記念日、英語での名称をInternational Day for Preventing the Exploitation of the Environment in War and Armed Conflictと言うそうで、2001年の11月5日に、国連総会で、戦争によって引き起こされる環境破壊を危惧し、それを最小限に食い止めるために制定されたそうだ。(だったら、なんで5日じゃないんだ?)

---------------------
In taking this action, it (注:the General Assembly) considered that damage to the environment in times of armed conflict impairs ecosystems and natural resources long after the period of conflict, often extending beyond the limits of national territories and the present generation.
---------------------

昨年は、コフィアナン事務総長がこの記念日にコメントを寄せていて、その中で彼は、戦争の環境への負荷の大きさについて言及している。また、近年は、各国政府から戦争後の環境評価をUNEP(国連環境計画)に依頼するケースが増えているという。

たとえば、
・イスラエル
ヒズボラとの間の武力衝突が海洋の石油流出を起こし、漁業や観光へ大きな影響を与えた。
・スーダン
ダルフールで内戦が続くスーダンでは、戦闘の末に生じた火災により森林破壊、砂漠化が進行し、食糧供給の状況をより悪くしている。
・イラク
アメリカにより湿地帯を干拓されてしまったことにより生じた生態系の壊滅的な打撃。

このほかにも、劣化ウラン弾の環境への負荷も懸念されている。1991年の湾岸戦争以降に使用されはじめた劣化ウラン弾はコソボやアフガニスタン、またイラクでも使用され、地域住民の健康被害と共に環境への悪影響が一部で指摘されている。

戦争中の環境への配慮義務はジュネーブ条約にも明記されているが、戦闘中にはしばしばないがしろにされる。戦争自体に正当性を持たすことがなかなか難しい時勢ではあるが、ただでさえ少ない正当性をますます減らすような環境破壊は極力避けてもらいたいものだ。

▼アナンのコメント全文はこちらから

その他の国際デー
[PR]
# by inoyo | 2007-11-06 14:14 | 日々雑感

今日のひとこと(63)

もちろん民主党にとって、次の衆院総選挙に勝利し、政権交代を実現して国民の生活が第一の政治を実行することが最終目標だ。私もそのために民主党代表として全力を挙げてきた。しかしながら民主党はいまださまざまな面で力量が不足しており、国民の皆様からも、自民党はダメだが、民主党も本当に政権担当能力があるのかという疑問が提起され続け、次期総選挙での勝利は大変厳しい情勢にあると考えている。
 その国民みなさんの疑念を払拭(ふつしょく)するためにも政策協議を行い、そこでわれわれの生活第一の政策が取り入れられるならば、あえて民主党が政権の一翼を担い、参院選を通じて国民に約束した政策を実行し、同時に政権運営への実績も示すことが、国民の理解を得て民主党政権を実現する近道であると私は判断した。
 また政権への参加は、私の悲願である政権交代可能な二大政党制の定着と矛盾するどころか、民主党政権実現を早めることによって、その定着を実現することができると考えている。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/97130
---小沢一郎(代表辞任を表明した会見の中で示したその理由)

とりあえず、ひとつだけ。
「私の悲願である政権交代可能な二大政党制の定着」は今回の一件でまた遠のいた。ただ、このシナリオは、小沢さんの中にあったはずだ。さすがに、「気がついたら、遠くなっていた!わおっ!」みたいなことはないだろう。
すると、ここでポイントになるのは、今回の件で悲願が遠のいた以上に、民主党と「このままいる」ことがマイナスであるという判断を彼がしたということだ。そうなると、民主党の現状がどのように彼の目に映っているかは想像に難くない。
[PR]
# by inoyo | 2007-11-05 03:43 | ことば

学生のためのアフガニスタン国際協力ワークショップ - アフガニスタン医療は、いま -

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第3回 学生のためのアフガニスタン国際協力ワークショップ
『- アフガニスタン医療は、いま -』

主催:東京大学医学教育国際協力研究センター
共催:jaih-s(日本国際保健医療学会学生部会)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■

東京大学医学教育国際協力研究センターでは、平成19年
11月6日から、6週にわたりアフガニスタンカブール医科大学等
の教員8名を、JICAとの協力プロジェクトによって研修にお招き
しています。
この機会を利用して、昨年に引き続き医療分野での国際協力
について、共にディスカッションする機会をいただきました。

当日は、アフガニスタンからの教員によるアフガニスタンの
医療と医療人材育成の状況説明、東京大学医学教育国際
協力研究センター大西弘高先生による医療人材育成を通じた
保健・医療の改善のほか、アフガニスタンでの経験豊富な
名古屋大学、明石秀親先生の講演も催されます。

皆様お誘い合わせの上お越し下さいませ。

More
[PR]
# by inoyo | 2007-10-22 10:53 | International Health

死の概念

e0074651_17313853.jpg本郷三丁目のスターバックスを出ると、目の前で鳩が死んでいた。特に外傷があるわけでもなく、ポテンと「普通」に。

鳩に限らず、鳥が死んでいるところを見ることはなかなかない。私の人生の中でも、鳥の死体を目にしたのは、本当に数えるばかりである。犬・ネコなどの愛玩動物は飼い主がいるので、飼い主に葬ってもらえていて、私たちがその死体を目にすることがないのは当たり前だとしても、ハトを飼っている人は、ほぼ皆無だろうから、もっとたくさん死骸を目の当たりにしてもいいような気がする。特に、あれだけごみ置き場をたむろしているカラスを飼っている、なんていう話はいまだかつて聞いたことがないから、あのカラスたちの老後の行方は非常に不思議だし、もう少し道端に転がっていてもいい気がする。しかし、それを私たちが目にすることはほとんどない。

・・・という話を以前友人にしたら、動物には死の概念がなく、苦しければ自分が攻撃を受けていると認識し、身を隠すのだ、と話していた。それを思い出し、今さっきGoogleで検索したら、やはり同様の内容が出てきた。記事に因ると、ネコの場合、
-----
自分自身の死という概念を持っていないので苦しければ自分が攻撃を受けていると思ってしまう。その攻撃相手から身を隠そうとするのが当然の反応。身を隠してひとりになり脅威のもとが通り過ぎて苦しみが和らぐのを待つとあり、体調が優れないと本能的な防御反応として安全な場所に身を隠す。
-----
つまり、動物が身を隠すまもなく動けなくなる場合しか、私たちは、その死体を目にしないということなのだろう。そうなると、さしずめ心筋梗塞か、脳血管障害か。ちなみに、以上の内容は、Catwatchingという書籍に書いてあるらしい。しかも、トリビアの泉にも紹介されているとのこと。

この書籍ではネコの場合のみ言及しているのだが、鳥の場合も同様のことが言えるのかもしれない。立つ鳥あとを濁さず、とはこのことか・・・。
[PR]
# by inoyo | 2007-10-21 17:47 | 日々雑感

臓器移植とPerson-in-Context

脳死臓器移植の可否の意思表示に関して議論される際に、自己決定権と呼ばれるものがベースにある。自分の人生における決定は、公共の福祉に反しない限り、自分の判断で下すことができる、という権利である。確かに、何を食べたいとか、どこに暮らしたいとか、何を生業にしたいとか、そういうことは可能な限り認められるべきなのかもしれないが、それは果たして自分の命の長さに関しても同様に適応されるべき権利なのであろうか。

数日前のニュースで、家族の臓器提供に7割の人が賛成していると言うニュースがあった。
-----------------
脳死下での臓器提供の手続きを定めた臓器移植法が施行されてから16日で10年になったのを機に、朝日新聞社は13、14の両日、全国世論調査(電話)を実施した。家族が意思表示カードなどで提供意思を示して脳死になった場合、提供に賛成するとした人は71%、反対が17%だった。現在の法律では認められていない15歳未満からの臓器提供については、46%が年齢引き下げを支持した。
http://www.asahi.com/life/update/1016/TKY200710160395.html
-----------------

自死に比べて、脳死臓器移植に関する死の決定は比較的社会に受容されている。しかしながら、自分の死に関して同じように自己決定をなされたという点では似通っている。それでも少なからず大きな差が生まれるのは、その死が「無駄死に」ではないとされていること(=つまり何らかの意味づけをされやすい状況になっているということ。)、そして何よりも制度化されたことにあるのだろう。(※1、※2、※3)

私は、臓器移植においても自己決定権のひとことですべて片付けてしまうのは、いかがなものなのだろうかと思うし、なによりもちょっぴり「寂しい」。(※4)つまり、「私」は必ずしも私個人だけのものではなくて、社会的な存在としての側面をも持つ。その「私」の命を、仮に他の命を助けることがあるにせよ、私個人の判断で絶つことは、殺人と変わらないのではないだろうか。そして、私の親族が体温が暖かいままに、その臓器を引き抜かれ、そのまま死んでしまうということになれば、それは寂しいことだ。すくなくとも冷たくなった祖父の遺体を目の前にした14のころの私であれば、きっと冷静に割り切ることはできなかったはずだ。
それに仮に、人を助けることができるという「大義名分」があるにせよ、その大義名分が微妙にすりかえられていってしまう可能性は少なからずあるという意味では、いずれにしろ非常に怖い。

それでも、家族の脳死臓器移植に対して71%もの人が受容しているのは、たぶん、自己決定権に対する、一種の諦観(あきらめ)が私たちの中にはあるのだろう。その人が決めるのだから、周囲は口出しをするべきではないという感覚の存在――本当はいやなんだけど、なんとなく違和感を持ちながらも納得せざるを得ない――があるのではないか。

しかしながら、自己決定権という「専門用語」に縛られる必要はないのである。医学モデルのみで世界を固められ、そこにある「つながり」を阻害される感覚がもし私たちにあるのだとすれば、それには明確にNOというべきである。そもそも医学モデルだけで世界を捉えることは不可能なのである。

そう考える私には、小松美彦の「死は共鳴する」という言葉、また健康科学・看護学科でならったPerson-in-Contextという言葉は非常にしっくりくるのである。

医学だとか医療従事者への信頼というものは、素人が理解できないことがら、もしくは冷静な判断ができない状況の存在の裏返しで成立してきた。(※5)そして、強大な依存を医学に対して私たちはしてきた。しかしだからといって、その医学モデルに拘束されるのは、完全に本末転倒であるのだ。

◇  ◇  ◇


たぶん自分の家族が脳死臓器移植が必要な状況に陥ったとき、私はどうなるのか、よく分からない。「よく分からない」というのには、いろいろなフェーズがあって、(1)そもそも移植を受けるべきか受けないべきか決定が下せなそう。(2)受けることにしても、ドナーが死んだという事実の存在を頭の片隅から消し去ることはできない。(仮に消し去る必要がないとしても、そういう意味ではなく、人生の中心的命題として常に目の前にfloatingしそう。)(3)受けないという決定をしたときは、家族を「見捨てた」ような感覚に陥って良心の呵責に悩むかもしれない。

さらに身勝手なのは、家族がドナーになることよりも、レシピエントになることのほうが受け入れやすそうと言うことだ。全く以って無責任だな。でもこれが本音かもしれない。

と、こういう風にやってむにゃむにゃ、人類がただでさえ忙しいのに、考えないといけないところに医療技術の進展による「人間疎外」の問題があって、さらに問題なのは、これがモダンタイムスで語れらたのと同列で語られないことなんじゃないかなと思っている。それは、なんだかよく分かるようでわからない「正統性」が医学にはあるからだと思っていて、最先端医学と言う文脈でも、国際保健協力という文脈でも全く同じなんだけど、「人の命を助けるゾ!」という正当性のようなものを前面に出すことで、とりあえずみんないろんな不都合はおいておいて納得しちゃう。そういう意味では、「医」と言うものはきわめて特殊なのではないだろうか。産業が発展するって言ったって、やっぱり人は単調な機械作業には耐えられなかったんだけど、医療の場合は、結構、 「不都合」へ反応する閾値が高い。もちろん、それだけ「命」に価値を置いているって言うこと、といってしまえばおしまいなんですが。

◇  ◇  ◇


日本人の死、それからその裏返しの生に対する価値観って言うのは、西洋的なものとはやっぱり違うんだろうから、そういう意味では、日本の基準をしっかり作ることが大切なんだと思う。生に対して思いっきり固執するかと思いきや、意外と死に対する諦念がある気もする。ピンピンコロリみたいな話だ。

しかし、ピンピンコロリがいいと散々いっていたはずの祖父が、何度も入退院を繰り返すようになって、俺は、まだ死にたくない、こんなはずじゃなかったというようになったいくのをを聞いていると、死を実際に(ある程度)意識したときに、また人の死生観っていうのは思いっきり変わるんだなと。そこもまた難しい話だ。

-----------------
(※1)「死ぬ意味」が「生きる意味」を超えたら果たして死ぬに値することになるのか。それを制度として受容するということはいかなることなのか。
-----------------
(※2)波平恵美子の『医療人類学入門』の中に書いてあった臓器移植へのネガティブな国民感情から考えると、だいぶ状況は変わっているようである。私個人も、一時期は臓器提供意思表示カードを持ち歩いていたものである。
-----------------
(※3)その死が「無駄死に」ではないということは、臓器移植推進派による一連のキャンペーンによって声高に叫ばれている。どこどこの難治性患者がアメリカにわたるためにたくさんの大金を募金で集め、アメリカに何とかわたり、手術成功しました、日本では臓器移植の制度が成り立っていないから、わざわざアメリカに行かないといけないんです・・・。しかし、ドキュメンタリーで取り上げられるケースのほとんどが、レシピエント側(しかもハッピーエンディング)であり、ドナー側が完全なブラックボックスになっていることは、福音としての脳死臓器という面のみの強調になっていよう。
-----------------
(※4)小松美彦がほぼ同様のことを述べているので、詳しくは、そちらを参照のこと。(「脳死・臓器移植の本当の話」
-----------------
(※5)基本的に、インターネットの検索でなんでも「暴かれる」状況が作り出されているのは、医療従事者の専門性の相対的な低下をもたらす。マジックの種をばら撒かれたときに、それでもマジシャンはマジシャンでいることができるだろうか。
-----------------


===============================
家族の臓器提供に賛成7割 本社世論調査
===============================
2007年10月16日23時02分

 脳死下での臓器提供の手続きを定めた臓器移植法が施行されてから16日で10年になったのを機に、朝日新聞社は13、14の両日、全国世論調査(電話)を実施した。家族が意思表示カードなどで提供意思を示して脳死になった場合、提供に賛成するとした人は71%、反対が17%だった。現在の法律では認められていない15歳未満からの臓器提供については、46%が年齢引き下げを支持した。
 99年3月の調査(面接方式)では、同様の条件で家族が脳死になった場合の臓器提供に賛成は61%で、今回はそれより増えた。20、30代では賛成が8割を超すなど若い世代ほど高い傾向にある。
 現行法では脳死下の臓器提供には、本人の意思表示と家族の承諾の両方が必要。だが同法に基づく臓器提供が10年間で62件にとどまっていることから、家族の承諾だけで臓器提供できるようにする改正案が提出されている。調査で提供に本人の意思確認が必要かどうかを尋ねると「必要」は48%で、「家族の承諾だけでよい」の40%を上回った。
 15歳未満の子からの提供を「認めるべきだ」としたのは46%で、「認めるべきではない」の35%を上回った。「認めるべきだ」とした人のうち、下限年齢を「12歳まで」としたのは22%。「年齢制限をなくし乳幼児にも認める」としたのは66%だった。
 脳死を人の死と考える人は47%。99年5月調査では52%でほぼ横ばい。今回、心臓停止に限るべきだとした人は34%(前回30%)だった。
(朝日新聞 http://www.asahi.com/life/update/1016/TKY200710160395.html)
======================
[PR]
# by inoyo | 2007-10-19 00:51 | 日々雑感

Memento Mori

e0074651_21181327.jpgMemento Moriとはラテン語で「死を忘れるな」という意味の言葉で、死だとか物事の終わりの必然性を人に説くことばだ。その言外の意味としては、「人はいつか死ぬから今を楽しめ」というものであったり、「今は栄えているけどいつかは滅びることもあるのだから気を抜くな」というものであったりさまざまであるのだが、私にとっては、「いかなることも当たり前にするな」という意味に収束する気がする。

私たち、すくなくともこのブログを読んでいるほとんどの人は、この現代に生きていく上で、死を意識することはほとんどない。あたかも当然のごとく、すべてが永遠に続いていく、そんな気すらしていてもさしあたってあまり支障はない。そして、その幸せのあまりに、いろいろなこと―それは、人の恩だったり、自然の美しさだったりするのだが―を当たり前にしてしまうことがしばしばある。

それでも、少なくとも日本にいるよりかは死ぬ可能性が高そうな場所に行こうともなると、やはりいろいろなことを振り返る。そしてそんな時、なんだかすべてに感謝する気に、いや感謝しなくてはいけないのではないかという、pessimisticなモードになり、そして、Memento Moriという言葉を思い出すのだ。まぁ、人生の振り返りを強制的に行うという意味では、まんざら悪いことでもないのかもしれない。

ということで、一ヶ月ちょっとパプアニューギニアに行ってきます。結構、観光地化された「いい」ところらしいです。うれしいようなうれしくないような。たぶんうれしくない。
まあいずれにしろ、死なないはず◎


【補足】
と書いた後で、なんですが、6人の調査チームに対して結局ビザが下りず、現時点で、渡航延期が決定されました。(10/16) 次にいくとしたら11月後半の可能性が高いのですが、それまでにもビザが下りるかどうかわかりません。でも下りたときはきちんといけるように、そこまでには卒論を仕上げておきたいところです。
[PR]
# by inoyo | 2007-10-15 21:13 | 日々雑感

「途上国」日本の経験を活かすためにしなくてはいけないこと

国際協力の分野でそれなりにシンポジウムなどに出席していると、しばしば“「途上国」であった日本の経験を活かそう”という言葉がきかれる。一時は焼け野原となった日本が、目覚しい発達と復興を遂げたその経験を活かして、現在の途上国支援、国際協力に活かそうというのが彼らの主張である。彼らによると、当時の日本の経済状況、社会開発状況はいわゆる途上国にふさわしい状態にあったとされる。(具体的にどのような数字を示して、彼らが発言しているのか、はっきりしない部分もあるが、仮に途上国であったとして、)果たしてここまで発展してきた「経験」を本当に活かすことができるのだろうか。
今回学会に参加して国際保健医療の現場でも同じような「現象」が見られた。正直、不安に感じる部分が少なからずあったので、メモしておきたい。

▼疑問その①:「初期条件」の違い
GDPや乳児死亡率(Infant Mortality Rate:IMR)、妊産婦死亡率(Maternal Mortality Rate:MMR)などの指標を見れば、おそらく現在の途上国と同じ水準だとしても、なかなか数字に表れない部分、教育水準(識字率のような分かりやすいものではなく。)、女性の地位、健康に対する価値の置き方、特に他の諸問題との相対的な位置づけにおいて、日本が特殊だったという可能性は否定できない。
これを言っちゃ、おしまいよ、という話なのが、国民性。国際協力においてはタブーワードなのだと思うけど、なんやかんやで大きな影響を与えているような気がする。
全体的に雲をつかむ話のようだが、野村克也の言うような「無形の力」が日本人には備わっている可能性がある。

▼疑問その②:成功事例だけ見ていて果たして本当に教訓は得られるのだろうか。
今回の学会の発表では、戦後のGHQが導入した公衆衛生活動をささえた、生活改良普及員や保健婦の活動事例があげられ、それを現在の国際協力のコンテクストの中で再評価しようとしているものであった。私が感じた問題点は、成功事例のみを事例として扱い、それをモデルとして拡大しようとしていた点である。うまくいかなかったケースに関して何の言及もなされていなかった。

そこで、(空気を読まずに笑、)うまくいかなかったケースの有無について、会場で質問した。
そして驚いたことは二つ。
----------------------
1)最初に回答したコメンテータがうまくいかなかったケースについて把握していなかったこと。
----------------------
2)私がさらに突っ込んで質問した際に回答したコメンテータは、うまくいかない場合の存在はあったものの、それは、サービスの受け手=住民の問題であると回答したこと。さらに、座長がそれに同調したうえで、「住民がやりたいといった場合だけ行政サイドが対応してきた」、と回答したこと。(そして、国際協力の場でもそれを踏襲しようとしていること。)
----------------------

1)に関しては、予想の範囲内であったが、2)はあまりにも乱暴な議論であり、びっくりしてしまった。うまくいったときは行政がきちんとしていたから、うまくいかなかったときはきちんと住民側の意識が高まっていなかったから、といわんばかりであった。
つまり、私が言いたいことはこういうことである。うまくいかなかった理由が住民側にあるのであれば、うまくいったケースも住民側に因ることがあるのかもしれないし、同じように、うまくいったケースがサービスの提供側にあるのだとすれば、うまくいかなかった場合も、サービスの提供側にある可能性がある、ということである。にもかかわらず、この議論の中では、そういった一連の可能性は、一切無視である。

▼うまくいかないケース
うまくいかなかった場合、原因として、以下の3つの場合わけが今回は考えられるだろう。
1)サービスの提供側にある場合
2)住民の受け手側になる場合
3)両者のマッチングがうまくいかなかった場合
しかし、2)だけ考え、他のケースを彼らは想定していなかった。もちろん、限られた時間の中で、「なんとなく」の結論を出さないといけない状況で答えたのかもしれないが、仮にもたくさんの書籍を出し、そこそこ売れている研究者の割には、ずいぶんと雑な議論ではないかと感じた。

◇  ◇  ◇


成功事例はあくまでも偶然の産物に過ぎない可能性がある。「特殊」な状況である過去の栄光にしがみついていないで、うまくいかなかった部分も含めてこれからどのような対策をしないといけないか、考察しないといけないのではないだろうか。


--------------------
▼一番大きなツッコミは、発展してきたからといってそれを自分たちが体現してきたという保障は何もないということだ。まぁ、それをいっちゃ何もできなくなるんだけど。
[PR]
# by inoyo | 2007-10-10 00:13 | International Health

jaih-sユースフォーラムのお知らせ

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『つながる!~わたしとあなた、わたしと世界~
~開かれた国際保健医療をめざして~』

jaih-s総会ユースフォーラム2007@大阪大学
開催日【2007/10/6】
URL:http://www.jaih-s.net/modules/eguide/event.php?eid=7

主催:jaih-s http://jaih-s.net
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■
------------------------------------------------------
jaih-s(日本国際保健医療学会学生部会)は、国際保健医療
に関心を持つ様々な分野の学生が集まった団体です。
国際保健医療分野の第一線でご活躍されている先生方のご協
力の下、ともに学びあう場、将来の国際保健医療を担う人材
育成の場となるべく、活動をしています。
------------------------------------------------------

詳細はこちらから
[PR]
# by inoyo | 2007-10-06 02:13 | International Health

今日のひとこと(62)

アマゾン地方やチベットやアフリカは、
旅行記、探検報告、写真集などの形で
街の店先に侵入しているが、これらの本では、
読者にいかに強い印象を与えるかという心遣いが
すべてに先立っているので、
読者は持ち帰られた見聞の価値を吟味することができない。

批判精神が目覚めるどころか、
読者はこの口当たりのいい食物のお変わりを求め続け、
その厖大な量を呑みくだしてしまうのである。

---レヴィ・ストロース "Tristes Tropiques(悲しき熱帯)" 
  1.出発より (訳:川田順造)
[PR]
# by inoyo | 2007-09-19 00:34 | ことば

UFOキャッチャーの原価

e0074651_001088.jpg原価を知ったら、購買意欲が消え失せることは往々にしてある。コカコーラの原材料費はほぼゼロで、コストのほとんどが輸送費であるのは有名な話しだし、マクドナルドが売っているバリューセットは、顧客にとってのバリューではなくて、マクドナルド側のバリューであるというのも、悲しい事実だ。(ハンバーガーが一番利益率が低いのだ。)

とはいえ、私なんかは、原価のことはなんとなく忘れて、ペットボトルを買ったり、マクドナルドでついついLLセットとかにしてニコニコしながらポテトをほおばってしまんだけれども、さすがに10個とって元が取れることが明らかなUFOキャッチャーはやらない気がする(写真)。コンビニで買えばいいのだ。(うまい棒は、チーズが一番うまい。高校生のころよく自習室を抜け出して、うまい棒とビスコをむしゃむしゃ食べていたもんだ。)

まぁ、うまい棒UFOキャッチャーも、ほかのUFOキャッチャーも、世の中のお買い物も、そんなものなのかもしれない。

-------------------
▼ちなみに、うまい棒が取り出し口に二つ落ちていたので、食べた。うまかった。
-------------------
▼一回100円のうまい棒UFOキャッチャー。アベレージで5個取れると仮定すると、期待値は50円。この確率変数(1/2)がほかのUFOキャッチャーでも同じだとして、原価500円のものを一回百円のUFOキャッチャーで取ろうとしたら、どうなるだろうか。
投資しないといけないのは、原価500円に1/2の逆数をかけて1000円。一回(ひとり)100円のこの場合は、10回(10人)、景品を取るのに必要になる。つまり、
(1)10回に一回とれる
(2)10人に一人とれる
のどちらかになるわけだ。普通に考えたら前者ではなく、後者。となると、10人にひとりの腕前になるには、まぁ、たくさんの散在をしないといけないだろうから、あきらめるのが賢明とみた。
[PR]
# by inoyo | 2007-09-18 00:10 | 日々雑感

小泉が自民党をぶっ壊し、自民党が安倍晋三をぶっ壊し、そして何もなくなった。


本当に安倍が悪いのか

 個人的には、タカ派は本能レベルで受け付けないので、安倍首相を支持するつもりはもともとなかった。ただ今回の一連の報道を見て、安倍首相の無責任さに今回の辞任の理由を帰結させている様子には、違和感がある。
 確かに、安倍首相が突然の辞任を表明したことを、はたから見ると無責任極まりない行為だ。しかし、どんなにお坊ちゃまでも、どんなに空気読めなくても、所信表明演説をした直後、各党の代表質問が始まる当日というタイミングで辞任することは、彼の政治家としてのこれからをも台無しにするということくらいは理解できたはずだ。少なくとも、彼が首相になる以前の「まともな」精神状態であったらそうであろう。彼は、もう二度と総理総裁の座に上ることはないだろう。国民、そして国際社会からのマイナスなイメージはぬぐいきれない。
 私は、今の彼がまともな精神状態ではないのではないか、と疑っている。当然、彼と直接あって話したわけではないし、直接会ったとしても精神科医ではないので、診察はできない。ただ、就任当時の溌剌とした姿は、過日の辞任会見においては見るかけらもなく、目はうつろ、言葉は空虚、なんだか早く終わってほしいと思いながらはなしているようにすら見えた。そんな彼の姿を見ると、精神的に相当なダメージを受けていると思わざるを得ない。


小泉が自民党を壊し、自民党が安倍を壊した。

 安倍首相が仮に、精神的にストレスを感じ、その結果として正常な判断ができなくなっているとしたら、それは、彼個人の問題というよりも、彼を担ぎ出した自由民主党の責任が少なからず多い。

安倍13、小泉29、森31、小渕25―――

 なんの数字かお分かりだろうか。初当選から総理総裁になるまでの年月である。これを見ると、安倍がいかに急造の総理総裁だったのかが分かる。もちろん、長くやればいいというものでもない。しかし、長くやるからこそ得られるものは間違いなくある。政治的なコネクションもそうだろうし、政局を読む力もそうかもしれない。バッシングへの対応の仕方もそうであろう。小渕元総理の「冷めたピザ」報道に対する切り返しなど(「レンジでチンすれば温かくなる。みなさんもホットでクイックな小渕ブランドのピザを売ったらどうか」)、ウィットに飛んでいるもので、むしろ好感を持った。
 安倍総理にはそれをやるだけの経験値がなかった。尋常ではない総理総裁の職責からくるプレッシャーを「こなす」ことができなかった。いや、自民党が、時代の流れが彼にそうさせなかった。

 小泉政治は確かに経世会をぶっ壊し、それまでの派閥主導の政治を、(すくなくとも見かけ上は)国民の支持を基にした政治へ転換した。しかし、自民党は、国民の支持という「得体の知れないモノ」の存在に苛まされ、その存在への戦いのため「だけ」に、経験不足の安倍を登板させてしまった。ちょうど、将来の「大エース」の貴重な肩を、登板過多でだめにしちゃう昔のプロ野球みたいな話で、なんとも見ていて切なくなる。「権藤、権藤、雨、権藤」、だめになったら、自由契約~。

◇  ◇  ◇

 まぁ、安倍さん、しばらくはゆっくりしたほうがいい。当面の間は、お呼びがかからないだろうから、再チャレンジまでちゃんと時間がある。再チャレンジができるかどうかは、安倍さんの成果次第なのかもしれないけど。


-------------------------
▼ちなみにだが、立候補を表明した麻生太郎が総理総裁になるとしたら初当選からの年数は28。一方、福田康夫は16。しかし丸善石油社員として18年、父・赳夫の秘書として14年の経験があるので、安倍の社会人暦14年+13年とは大きく変わる。
-------------------------
▼それにしても、福田康夫は、してやったりであろう。こうなることを予測して前回の総理総裁選は辞退したのであろうか。仮にそうではないとしても、無駄死にをしなかった彼の姿に、「負けるが勝ち」の本質を見た気がした。
-------------------------


◆安倍晋三略歴(wikipediaより)
1993年7月:衆議院議員初当選(旧・山口1区)
1993年7月:衆議院議員初当選
1999年10月:衆議院厚生委員会理事
2000年7月:第2次森改造内閣で官房副長官に就任
2001年4月:引き続き小泉内閣で官房副長官に就任
2003年9月:自由民主党幹事長に就任
2004年9月:自由民主党幹事長代理に就任 党改革推進本部長に就任
2005年10月:第3次小泉改造内閣で官房長官に就任
2006年9月:自由民主党総裁に選出、第90代内閣総理大臣に就任。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89

◆小泉純一郎略歴(wikipediaより)
1972年12月10日 - 第33回衆議院議員総選挙において自民党公認で衆議院議員に初当選。
1979年11月 - 大蔵政務次官に就任(第2次大平内閣)
1988年12月 - 厚生大臣に就任(竹下内閣改造内閣)
1992年12月 - 郵政大臣に就任(宮澤内閣改造内閣)
1995年9月 - 自民党総裁選に出馬。橋本龍太郎に敗れる。
1996年11月 - 厚生大臣に就任(第2次橋本内閣)
1998年7月 - 自民党総裁選に出馬。小渕恵三に敗れる。
2000年4月 - 森喜朗の首相就任により、清和会(森派)会長に就任
2001年4月24日 - 3度目の挑戦で、自民党総裁に選出
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B3%89%E7%B4%94%E4%B8%80%E9%83%8E

◆森喜朗(wikipediaより)
1969年12月:第32回衆議院選挙に無所属で出馬 トップ当選
1975年12月:総理府総務副長官就任
1977年11月:内閣官房副長官就任
1978年12月:党政調文教部会長就任
1981年12月:衆議院大蔵委員長就任
1983年12月:文部大臣就任
1987年11月:自由民主党全国組織委員長
1991年1月:衆議院議院運営委員長就任
1991年10月:自由民主党政務調査会長就任
1992年12月:通商産業大臣就任
1993年7月:自由民主党幹事長就任
1995年8月:建設大臣就任
1996年11月:自由民主党総務会長就任
1998年7月:自由民主党幹事長就任
1998年12月:清和政策研究会会長就任
2000年4月:第85代内閣総理大臣就任
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E5%96%9C%E6%9C%97

◆小渕恵三(wikipediaより)
1963年 - 衆議院議員選挙初当選
1979年 - 大平内閣に総理府総務長官・沖縄開発庁長官として初入閣
1986年 - 衆院予算委員長に就任
1987年 - 竹下内閣で官房長官に就任
1991年 - 自民党幹事長に就任
1994年 - 自民党副総裁に就任
1997年 - 橋本内閣で外務大臣に就任
1998年 - 自民党第18代総裁に就任し、第84代内閣総理大臣に就任
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B8%95%E6%81%B5%E4%B8%89
[PR]
# by inoyo | 2007-09-14 15:16 | 日々雑感

エイズ対策入門

エイズ対策入門というJOCVエイズ隊員用のドキュメントがあります。
表紙がなかったり、装丁が微妙だったりとなぞなところもありますが、
包括的にいろいろなことが書かれているので、概観を知るにはうってつけの本でしょう。
興味のある人は、こちらへ飛んで、pdfをダウンロードしてください。
以下、目次をはっつけておきます。

▼目次
1.はじめに
2.略語集
3.エイズ対策とは?
4.エイズは我々に何をもたらしたか
   1.HIVと共に生きる/社会的脆弱性とGIPA
   2.エイズと地域社会
   3.エイズにおける差別と人権
5.エイズを知ろう
   1.世界のエイズ統計と歴史
   2.簡単なHIVのウイルス学
   3.HIV感染と臨床
   4.エイズとジェンダー
6.エイズ対策の実際
   1.最近の動向
   2.日本のエイズ対策の現状と課題 -東京都の事例- 
   3.HIV/AIDSの予防対策
   4.PLWHA支援
   5.HIVカウンセリング・検査
   6.HIVの母子感染予防対策
   7.エイズ遺児
   8.ピア・エデュケーション
   9.ハーム・リダクション
   10.安全な血液
   11.結核とHIVについて
   12.ソーシャル・マーケティング
7.エイズ対策支援委員が推薦するその他の勉強資料
   1.図書・ホームページ・インターネットアクセス
[PR]
# by inoyo | 2007-09-12 20:35 | International Health

Stop Trying To 'Save' Africa

e0074651_16422740.jpg私の愛読書であるグローバルエイズアップデイトの記事の紹介。2007年7月15日のワシントンポスト紙に載せられた評論である。論者は、24歳のウゾディンマ・イウェアラ氏。アフリカの少年兵の姿を描いた小説「Beast of No Nation」の著者である。

寄稿した文章の中で、彼は、アフリカに対する西欧社会の反応が極端に偏っていると述べている。いくつもの貧困削減を訴えるキャンペーンのなかで、アフリカの〈悲惨さ〉が「過度」に強調されていたり、マスコミが伝えるアフリカが暴力や汚職などの〈不正義〉に満ち溢れていたりするというのだ。確かに、私たちが日本にいて伝え聞くのは、貧困にあえぐ子どもたちやエイズの惨禍、アパルトヘイトなどなど、いずれもマイナスのイメージである。果たしてこれらの報道は「過度」にアフリカの悲惨さを伝えたものだろうか。「過度」かどうかは、真実と報道の伝えるアフリカ像がどれだけ乖離しているかに拠る。
Such campaigns, however well intentioned, promote the stereotype of Africa as a black hole of disease and death. News reports constantly focus on the continent's corrupt leaders, warlords, "tribal" conflicts, child laborers, and women disfigured by abuse and genital mutilation.

彼の一応の本意は、アフリカ諸国のオーナーシップを確保することが何よりも大切である、というところにある。また、決して西側諸国の援助に感謝をしていないというわけではないとも述べている。しかし、私が読んでいて感じたこと、それは、彼のこの疑問が、援助をするという行為自体に疑問を投げかけるものでもあり、私たちがこれからどのような世界を作り上げていくか考えていく上で、非常に重要な問題である、ということだ。

◇   ◇   ◇


私は、なんで「アフリカに行ったの?」と問う友人たちに、半分ふざけて、「ボランティアをしに行く自分に酔うためだよ。」ということがある。それは、ボランティアという「イイコト」をすることに対する照れ隠しでもあるが、援助というもの自体が孕む、関係の非対称性を感じての自戒でもある。つまり、援助だとかボランティアという言葉の背後には、「助ける―助けられる」という関係性があって、それが逆転するということは決してないということだ。

ウゾディンマ・イウェアラの指摘は、私を含めた、イイコトをしていることに「酔っている」人々を痛烈に批判するものだ。そして、酔うため「だけ」に、アフリカの像を〈悲惨〉なものにするのはよしてくれといっているのだ。それがイメージの再生産をして、prototypeを強化していくからだ。

確かに、アフリカにたくさんの孤児がいることは「事実」であり、エイズによりたくさんの人々がなくなっていることも「事実」である。汚職や内戦も後が絶えない。これも「事実」である。(補足:本当に真実であるかどうかは、報道によっているので、ここで事実と言い切ることはふさわしくないかもしれません。したがって、すべてにかぎ括弧をつけました。)
しかし、報道するという営為においては、真実の一部しか切り取ることができないという限界があって、カメラのフレームから切り落とされた情報は、遠く離れた私たちからはアクセスすることができない。(←超、今橋映子。)また、募金を獲得することによって活動が可能となるNGOの伝える「世界」は、募金を集めるためのappelingな姿を強調したものになっているのかもしれない。しかしながら、私たちには、その本当のところはよく分からない。

情報が氾濫している現代に生きる私たちが、大量の〈イメージ〉を消費しているのは紛れもない事実である。ビールを飲んでいる私にとって、それがキリンであろうがアサヒであろうが、実はたいした差はなくて、それよりも、誰々がCMに出ているとか、あれを飲んでいるとなんとなく大人っぽいとか、そういったイメージが消費行動を決定付ける要因になっている。(まぁ、だからこそ、高いギャラを払ってまで有名人をCMに起用するのだろう。) 
なぜBIG ISSUEを購入するのではなく、World Visionに募金するのか。ほかにもいろいろな理由はあるだろうが、実は根本的に、World Visionというブランドの持つイメージや、寄付しちゃうなんて、私って社会に貢献しているo(^▽^)oといったイメージが、寄付行動をとらせる最大の要因といえるのではないだろうか。

今回一番問題になるのは、貧困削減キャンペーンの場合は、消費されるものが生身の人間であるといことだ。消費したいだけ消費してポイッ!というわけには行かないのである。特に、20年、30年後の対等なパートナーシップを築くためには、である。そのためには、誇張した姿をアピールすることは、その目指すべき姿を遠ざける。ウゾディンマ・イウェアラが語っているのは、そういうところだ。

もちろん、NGOの中にもクリティカルな見方をしているヒトはたくさんいて、そういう限界も分かった上で、(いや、ことによるとそういう限界が分かっているからこそかも知れないが・・・。)キャンペーンをやってはいるのだと思う。ベストソリューションは間違いなく見つからない状況では、やはり、ウゾディンマ・イウェアラの声を私たちは常に耳に入れながら、ベターソリューションをもとめて日々東奔西走しながら頭を悩ませ続けないといけないだろう。

▼全文はこちらから

------------------------------------------
▼確かに、ボビー・オロゴンが、いつまでもおかしな日本語を話さないといけないという事実は、日本人のアフリカ人観がそういうものであるというものの裏付けてもあるし、またそれを強化するものでもある。(しかも、そういう状況に置かれたのがセイン・カミュではなく、ボビーオロゴンであるということがミソである。アグネスはただおかしいだけ。)
------------------------------------------
▼そもそも、あの広大なアフリカに対して、私たちがひとつのイメージで語ろうとすること自体がまずそもそも相当乱暴である。ゲイシャ、フジヤマ、サムライと大して変わらない。アフリカは日本の何倍の面積があると思っているのだろうか。
------------------------------------------
▼なんか、伝えたいことが伝え切れていない気がする。今までの報道だったり、人々の反応って言うのは、「アフリカを助けることがえらい」ではなく、「アフリカに住んでいるわけでもないのに、わざわざアフリカを助けているなんてえらい」であったんだと思う。だから、そのロジックで行くと、ウゾディンマ・イウェアラが言うような、アフリカにも一生懸命やっているひとがいるんだという反論は、なんだか的をはずしているような気がしなくもない。
True to form, the Western media reported on the violence but not on the humanitarian work the state and local governments -- without much international help -- did for the survivors. Social workers spent their time and in many cases their own salaries to care for their compatriots. These are the people saving Africa, and others like them across the continent get no credit for their work.
が、私たちは、これから、アフリカの問題とかアジアの問題として貧困問題を捉えるのではなく、アフリカで起こっている世界の問題として、取り組んでいかないといけないということを考えると、やはり、ウゾディンマ・イウェアラの反論はとても大きな意味を持つのだ。うまく、文章にできない。ここにもコミュニケーションの限界が・・・。
[PR]
# by inoyo | 2007-09-08 16:49 | against poverty

PNG Aids victims 'buried alive'

BBCニュースにショッキングなニュースがあった。タイトルの通り、HIV-positiveの人を生き埋めにしているという。PNGとは、Papua New Guineaのこと。調査で、10月に行くこともあって、よりビックリした。

HIVへの偏見は、その感染経路の特殊性や、人々に認識され始めた当初の理解不足などによって、以前から色々なケースが報告されている。今回のケースのように殺されてしまうことや、村から追い出されてしまうケースなどさまざまである。

Some people with HIV/Aids in Papua New Guinea are being buried alive by their relatives, a health worker says. Margaret Marabe said families were taking the extreme action because they could no longer look after sufferers or feared catching the disease themselves.
面倒を見切れないというのは、金銭的にという面と同時に、精神的な面でもいえることだ。感染メカニズムが分からないければ、それは、どんな病気であっても恐ろしいだろう。

Ms Marabe said she saw the "live burials" with her own eyes during a five-month trip to PNG's remote Southern Highlands. PNG is in the grip of an HIV/Aids epidemic - the worst in the region. Officials estimate that 2% of the six million population are infected, but campaigners believe the figure is much higher. HIV diagnoses have been rising by around 30% each year since 1997, according to a UN Aids report.
感染爆発前夜などという言い方をすることがあるが、まさにそのケースだろう。PNGのHIVの状況に関しては、フジテレビの佐々木恭子アナによる取材(同局「とくダネ!」 2007年5月28日・29日放送)でご覧になった方もたくさんいるかもしれないが、確実に感染は広がっている。あの時点で、病院には、きちんとした運営ができないほど多くのHIV感染者が入院していた。

Margaret Marabe, a known local activist in PNG, carried out an awareness campaign in the Tari area of the Southern Highlands earlier this year. "I saw three people with my own eyes. When they got very sick and people could not look after them, they buried them," she told reporters.

She described how one person called out "mama, mama" as the soil was being shovelled over their head. Villagers told her that such action was common, she said.
泣き叫ぶ感染者を村人たちが生き埋めにするとき、村人たちの思いはいったい何なのであろうか。今までも、このような「流行り病」があるときには、そうやって対処してきたのだろうか。それが、彼らをここまで生かしてきた文化的な適応の一形態なのであろうか。

一刻も早い対策が望まれる。


http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6965412.stm


補足:実際に生き埋めにしているかどうかは研究者の中でも懐疑的なヒトもいるとのこと。というのも、主張しているのがMargaret Marabeだけだからだ。きちんと立証されているわけではないのだ。(9/12)
[PR]
# by inoyo | 2007-08-31 15:03 | International Health

さつま白波

e0074651_1536887.jpg深夜のドン・キホーテのアルコール売り場をうろうろしていると、見覚えのある焼酎が眼に入った。さつま白波だ。今からちょうど十年前に死んだ祖父が好んでよく飲んでいた。

今から10年前には、私はもう中学生だったので、当然記憶ははっきりしているべきなのだが、どういうわけか、思い出せる記憶は数えるほどしかない。そんな中、鮮明に残っているのが、さつま白波を一升瓶からグラスに注ぎ、キャップをポンッと押して戻す祖父のしぐさだ。芋焼酎が今のようなメジャーなものではなく、むしろ、貧乏人が飲む安い酒だった時から、その酒を祖父は好んで飲んでいた。

   あれから十年がたち、みな少なからず変わった。祖父が生きていたら
   どう言うだろうと考えることがないわけではない。

せっかく眼に入ったのだから、と思って、さつま白波を購入した。一升瓶を買おうか迷ったが、飲みきれないときのことを考えて、半分のサイズの小さい瓶を買った。24の私にはちょうどいいサイズなのかもしれない。

   これからの十年は、もっと変わるだろう。苦しくなるときも、悲しくなるときも、
   どうしようもなくなるときもあるだろう。そんなときは、さつま白波に酔いながら、
   夢の中の 祖父に語りかける自分がいるのだろう。
[PR]
# by inoyo | 2007-08-27 15:39 | 日々雑感

年収を10倍あげても、私の年収は0ですが、それが何か?

無理なく続けられる 年収10倍アップ勉強法
(勝間 和代 / / ディスカヴァー・トゥエンティワン)




『無理なく続けられる 年収10倍アップ勉強法』を「聞いた」。以前から書店で気になっていた本だったのだが、オーディオブックで購入してみた。mp3で落として、Windows Media Playerで2倍速にして聞いてみた。いわゆる速聴と言うやつである。
---
果たして速聴と言うメソッドの学習効果が高いのか低いのか、正直な話、実感はなかった。その上、1500円と言う価格はどう考えても高い気がしたと言うのが感想だ。
▼速聴のメカニズム
http://www.sokucho.com/mechanism/index.html#cont
見るからに活動実績がなさそうなサイトだが、資本金9億5000万!?

本の内容としては、ドラゴン桜と相通ずるような、「お前ら、下流社会に気をつけろ」的なトーンがベースにあって、その上に学習の効率を上げるような方法論がいくつか書かれていた。方法論自体は正しいだろうなと思ったが、格段すごいことを言っているわけではないし、どちらかと言うと「下流社会に気をつけろ」的なトーンだけが耳に残り、ネガティブな印象のほうが強かった。なんとなく、いやらしいと言うか、むやみに人を煽る内容になっていて、ちょっと微妙かな。基本的にnobless oblige的な視点がない人の成功体験だったり、ハウツー的なものって、成りあがり的な印象を受けることが多い気がする。もっとも、そういう印象を受けるヒトに対して、nobless obligeがないっているからアタリマエなんだけど。

いずれにせよ、そういうものにはあんまり惹かれないなぁ・・・。


とはいえ、勉強すると言うことに関して、「努力も意思も信じていません」(=個人がすごい意思を発揮して努力すると言うことはありえず、大切なのは、きちんと勉強に向かう仕組みを生活環境に組み込むこと。)というコメントにはしっくり来た。まぁ、「ガンバリタイヒト」は、一度目を通す価値はあるのではないでしょうか。
[PR]
# by inoyo | 2007-08-23 18:08 | 日々雑感

Notting Hillの面接

ようやくホット一息をつける。あまり今までたいした準備をしたわけでもなかったのだが、ずっと気がかりだった国際保健学専攻の大学院試験の面接を今日の午前中に終えた。散々小学生に面接を教えている自分だから、へんちくりんなことを言ったらどうしようと思っていたが、それだけはなくてよかった。
本当であれば、そのまま研究室によるべきだったのだが、とりあえず、散らかりっぱなしの部屋の片付けをしないといけないので、そそくさと帰ってきた。

面接ではかわそうとした所は見事に突っ込まれ、多少あせったが、そこは就職活動で鍛えた、「わかるようでわからない屁理屈」を駆使し、なんとかして逃げ帰ってきた。どう考えても100点満点の回答ではなかったのが悔やまれるところだったが、まぁ、いたし方あるまい。面接をしてくださった教授陣がみな顔見知りで話しやすかったのは、私にとっては至極ラッキーだった。
面接で突っ込まれた質問は、まさにごもっとも!な指摘だった。早めにきちんと研究の枠を組み直さないと大変なことになるから、なるべく早く対応しないといけない。指摘してもらえて改めて重要さに気がついたのでよかったといえばよかったのだが、情けない話だ。しっかりと期限を区切って取り組まないと。

それにしても、どうも集中しきれない自分がいる。何をしているんだかよくわからなくなる自分がいる。自信満々に国際保健学に一生懸命取り組みたい!と答えてはみたけれども・・・。進むべき方向が真っ暗だからか、どうなのか。まぁ、とはいえそんなへなちょこな言い訳していてもいたし方あるまい。せっかく今回は、「精神的に」自立するチャンスなのだから、きちんとしよう。自分の足で立とう。必死であれば前に進むはずだ。仮に違う方向でも。おぼれるものは藁をもすがるはず。今の私は、おぼれている自分を見ているだけだ。なんとなく他人のフリをして。苦しいのは自分のはずなのに。

帰ってきてから"ノッティングヒルの恋人"を見た。ウィリアム・タッカーはなぜ大女優との恋に落ちても、マスコミに囲まれても、あんなに平静でいられるのだろうか。「平常」とはすごく難しいことのはずなのに。
[PR]
# by inoyo | 2007-08-22 14:44 | 日々雑感

SONY TIMERとMOTTAINAI

どうにもこうにもノートPCの調子が悪い。なぞの高回転音が突然始まり、2,3時間続く。どう考えても調子がおかしい。もうすでに新しいものを購入して、平行して使用しているので、「PCがなく、何も出来なくて困る」、というわけでは全くないのだが、そうとはいっても、購入してからまだ3年もたっていない。カメルーンに持っていったのが悪かったのかもしれないし、日本にもって帰ってきてからも満員電車の中を、持ち運んでいたのがいけないのかもしれないが、それでも3年で逝ってもらっては困る。

製品の保証期限を過ぎたとたんに製品が壊れるという、SONY TIMERなんていう言葉があるが、(それはどう考えても都市伝説だろう 笑)保証期限を狙わずとも、購入サイクルを上げるために、ある種の「壊れやすさ」を、製品に内蔵することは、往々にしてあるだろう。昔の黒電話がいまだに動いていたりするのに、携帯の電池はすぐだめになって、そのくせ、電池だけ買おうとすると、当該機種の電池はもう在庫がございません!生産終了ですね!ってauのお姉さんにいつも言われ、The Endとなるっていうやつだ。
それに、製品が壊れると、たいていの場合は、
1)よくわかんないけど、そろそろ新製品買いたいし~!
2)メーカーに聞くと修理費高い!や~めた。
なんていう感じで修理せずに話が終わってしまうことが多いのではないか。

メーカーの魂胆に思いっきりはまっている。

私としては、多少の値段が張ってもいいので、きちんと長持ちするものを電化製品でも買いたい。使いなれたものを手放すのは悲しいし、そもそもMOTTAINAIっていうやつである。まぁ、電化製品は、家電量販店で価格競争にさらされるので、サイクルのペースをあげないときっちりと採算が取れない。一考が必要だ。価格表示のタグに、価格と併せて、当該製品の稼動想定時間でも記載するなんてのもありかも? 
なんてことをいいつつも、今回、買った新機種がDELLであるあたり、新機種のライフサイクルもまた短いことを完全に予想している。イヤ、むしろ積極的に受け入れている・・・。

だめじゃん、オレ。
[PR]
# by inoyo | 2007-08-18 01:19 | 日々雑感

占いゴーストライターになりたい!

日々の生活に困る今日この頃、
(いや、正確には、近い将来、困窮にあえぎそうな今日この頃、)
「再チャレンジ」まで落ち込んでしまうのも、
結構残念な人生なので、早めのソーシャルセキュリティ、
ライターの仕事でもやって見ようと思い、とあるMLに登録。

早速MLで流れてくる中からひとつピックアップ。
あの古畑任三郎で有名な、三谷幸喜もやっていたという
占いゴーストライターのアルバイトに応募したのだ。

が、しばらくして、あっけなく断られた。

占いの専門知識はいらないと書いてあったので、
(つまりそこそこにノリノリな感じで、
「でっち上げる」ことが出来さえすればOKと書いてあったので、)
でっち上げには自信があった私としては、
携帯占い書く気満々でいたのに・・・。

先方いわく、プロのライターでないといけないらしい。

は~。でた。

いったいプロとプロでないものの間に、
でっち上げるという技術に関して、
どれほどの違いがあるのか。

まったくよくわからないのだが、
とにかく先方が言うのであればいたし方あるまい。

次に応募するときは、きちんと経歴を詐称するのを、
イヤイヤ・・・詐称するというのはよくないことなので、
すこしデコレーションをすることを忘れないようにしたい。
[PR]
# by inoyo | 2007-08-17 03:05 | 日々雑感

ワシントン大学のオンライン教材

実習でお世話になった院生が日記のなかで触れていた、
ワシントン大学のオンライン教材を最近活用している。
決して高度な内容というわけではなく、一般向けの公開講座を
録画したものがアップされているので、非常に聞きやすい。
http://www.uwtv.org/

こういうものの存在を認識すると、
日本の大学との底チカラの違いだったり、
マインドセットの違いを感じずにはいられない。

だから、すごくラッキーに気持ちになるのと同時に、
なんだかへこむ。

どこに身をおくかは、絶対的なものではないはずだが、
それでも少なからず大きな違いが、
2年後、ないし5年後に現れるような気がすると、
3日後に迫る院試からひたすら逃げ、
バイトに現を抜かすようになってしまうのである(笑)
[PR]
# by inoyo | 2007-08-17 02:36 | 日々雑感

転換期を迎えたタイの政治・経済

アジア経済研究所の夏期公開講座に出かけた。第一回目の今回は、「転換期を迎えたタイの政治・経済」というタイトルで、
・90年代以降の民主化
・タイという国の中進国化=国の近代化、現代化

をテーマに3人の講師が、それぞれの専門である、
・法律(97年憲法体制の意味と新憲法の動向)、
・行政(「タイ式」民主主義とタックシン政権)
・経済(GDP3000ドルの数値の裏の都市-地方格差・少子高齢化)
の立場から論じるというものだった。

--------------------------------------------------------------
「人気絶頂」のタックシン政権崩壊の理由
--------------------------------------------------------------
タックシン政権の崩壊の背後には、
a) 国王を含めて、王制を護持したい勢力からの反感があったこと
b) 旧来のタイ式民主主義の担い手、たとえば、軍関係者、枢密院、保守派知識人の一種の焦り
   ・農民を巻き込んだ大衆民主主義に対する都市中間層の嫌悪感・恐怖感
   ・近隣のマレーシアやシンガポールのように一党によって政治を牛耳られる
   ことへの抵抗感などがあったという分析であった。
   (97年憲法で、小選挙区制になってから農民の票が大きな力を持つよう
   になった。)

e0074651_16314172.jpgいずれもタックシンが非常に魅力的な政治家であったがために起こったことでもある。(わが国の首相はさぞうらやましいことだろう。)タイにおいて国王の威光というものは、非常に大きかったらしいが、「国王を敬愛するがタックシンも気遣う。」という言葉が出てくるほど、タイ農村部におけるタックシンの人気は絶大なものとなっていたらしい。

※タイにおけるクーデターは決して珍しいものでもない。ここ50年ほどの間に10回以上のクーデターが起こっているようだ。「クーデター」というと日本人の私にとってはおっかないことのように聞こえるが、感覚としては、「衆議院解散!」のようなものかもしれない。いや、さすがに違うか>_<

--------------------------------------------------------------
●タイの地方部における高齢化の急速な展開
--------------------------------------------------------------
タイにおいて高齢化の速度は非常に速く進んでいる。高齢化社会(老年人口割合が7%)から高齢社会(老年人口割合14%)となるまでの経過時間を国際比較すると、欧州各国で4~60年かかっているところを、タイではわずか20年程度で移行したという報告がなされている。
私たちはよく「貧乏子だくさん」なんていったりして途上国では、特に農村では子どもが多いイメージがあるが、必ずしもそうではないということだ。特に、GDPが著しく低い農村部において高齢化現象は起きているというのである。

それは、農村から都市へとくに、若い人口が流れているからだ。情報・交通機関が発達したことで、都市への人口流出のスピードは速くなり、その結果、
○農村部:reproductive ageにいる人が少ない
○都市部:高学歴化、晩婚化などで低出生率
という状況になるにいたり、高齢化はとまらないということだ。どっかの国の「三ちゃん農業」を生み出した状況と一緒といえるかもしれない。
貧しい国であればあるほど、所得格差をうめる唯一の方法は、学歴を高くすることだ。学歴を高くするためにはふるさとをあとにしないといけないのかもしれない。

--------------------------
まとめ
今回の勉強会は、いわゆる私が普段勉強しているような内容からは程遠かった。しかし、政治・経済という内容自体は普段見ている社会を別の角度から照らし出すもので、単純に面白い。それに、私が今やろうとしている学問領域を社会の中で、きちんと位置づけをする、という点においても非常にためになるだろうな、という感覚はあった。

それからタイのエイズ対策がドラスティックに進んだのは、タイでは、予算権限が省の局レベルにまで降りてきていることが関係するのかもしれない。
--------------------------
[PR]
# by inoyo | 2007-07-21 16:20 | 日々雑感

Not Equal

e0074651_1484557.jpg


旅とは人生であり、人生とは旅である。
中田英寿


ガイドブックを片手に、見るポイントを決め、そこを訪れる――もし今回のベトナム行きが、彼の言うところの旅であるとすれば、人生はなんて味気ないものか。

スタンプラリーに「そこそこの満足感」しかないように、あらかじめ決まったコースを回るだけでは、心の奥底に灯るアツいものは何もない。それをわかりつつも、一週間という現実的な制約のもとでは、そうせざるを得ない、というのもまた事実である。

長く居ることだけが答えであるはずはないし、観光をすることを否定するわけでもない。地の食を喰らい、酒を愉しむことは、それはそれは楽しいことである。

しかし、そこにはある種の不確実性が存在するべきであって、そうであってこその旅であり、また人生である・・・――というのがどうやら私の嗜好であり、志向であるようだ。
[PR]
# by inoyo | 2007-07-08 01:42 | 日々雑感

今日のひとこと(61)

そりゃあ、なえてもくるよ。
でもね、それであきらめるなら
『お前の思いはその程度なんだよ』と、
神様に試されているような気がする。
---桑田真澄 ピッツバーグ・パイレーツ
[PR]
# by inoyo | 2007-05-01 17:41 | ことば

今日のひとこと(60)

座右の銘は「朝がきた。新しい朝だ。自分のための朝だ」。
05年1月に死去した父の御法川正男さんが残した言葉で
「朝起きたら“ああ良く寝た”と暗示にかける。これでスッキリ目が覚める」とも。
---みのもんたに関する記事より
http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/tv/news/
20070330spn00m200002000c.html
[PR]
# by inoyo | 2007-03-30 09:44 | ことば